中国、アメリカ、そして日本と3カ国でマネジメントを経験。
世界を股にかけた商人が、長い海外経験の末にたどり着いた、仕事の流儀とは。
常識なんて、
国を越えれば簡単に変わる。
何かの間違いかと思いました。オフィスに届いた一通の注文書には、確かに5億円の注文が書かれていたのです。送り主は3年前、100万円から取引を始めた液晶パネルに使用される中国具材メーカーのA社。まさにチャイニーズドリームを目の当たりにしたわけですが、ここに至るまで、日本では非常識と思えるような交渉の連続でした。
最初に商談を持ちかけられたとき、失礼ながら私はA社に対してかなり懐疑的でした。謳っている技術は確かに素晴らしい。しかし、中国液晶産業は当時、まだまだマイナーな存在。本当に信用に足るパートナーなのか、その答えを探すためにA社の技術ルーツを徹底的に調べあげました。最終的には、中国の液晶技術の権威の口からA社との関係性を聞き出すことに成功。技術に対する確かなノウハウの裏付けを取ることができたため、A社とのビジネスを進めることに決めました。一手間違えれば大損害を出してもおかしくない案件で成功を収められた要因の一つは、こうした緻密な裏取りがあったからだと思います。また、仕入れ先の日本メーカーから中国のA社に卸す際にも、文化の違いを逆手に利用しながら交渉を成立させていきました。
水面下で技術の裏どりをしたり、時には会議でわざと厳しい態度を見せたり、日本では時として非常識で失礼にあたる交渉術も、中国では日常茶飯事です。国を越えれば、常識も変わります。世界中で人と人、会社と会社をつなぐ商社のビジネスでは日本の常識にとらわれていては仕事にならない。それが、中国で身をもって学んだ商社の仕事の鉄則です。
決断者として、
常にフェアであるために。
2019年3月、私は12年以上の海外駐在を終え、日本に戻ってきました。長く海外で現地スタッフのマネジメントを経験して思うのは、上司と部下であっても対等であるということ。取引先への配慮からオブラートに包んだ言葉を使うと、中国人スタッフからは「なぜもっとハッキリ言わないんだ」と指摘されたり、アメリカ人スタッフからは「結論に納得いかない」と異議を申し立てられたり。彼らは取引先や上司といった立場以前に、一人の人間として相手を見ているように感じます。
日本には、立場が上の人を敬い、相手を立て、ダイレクトに表現することは控える文化があります。しかし、本当のパートナーとは立場を超えてフェアに議論しあえる関係だと、現地スタッフから学びました。それ以降も私は部下をマネジメントする立場にいますが、自分がスタッフより優れていると思ったことは一度もありません。むしろ若い人の感覚や判断が正しいことも多々あります。自分の役割は、これまでの経験をもとに様々なスタッフの意見に耳を傾け、最適なソリューションを提供する決断者に過ぎません。
日本に帰ってきて、今までになく歳の離れた部下を持つようになりました。尊敬と遠慮を重んじるとても優秀な若者たちです。上司ではなく、あくまで決断者として、全員とフェアに議論し、最善の策を練り上げていく。海外で培ったこのスタンスで、今度は彼らと素晴らしいチームを築いていきたいと思っています。