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CBCの歴史

化学品の輸出入や国産化
支援で現在の基盤をつくる

創業35周年当時(1960年)のスナップ

創業35周年当時(1960年)のスナップ

1925年、CBCは化学品専門商社としてスタートした。時は、日本の化学工業の興隆期。CBCは、海外から製品を輸入するとともに、原料の輸入も手がけ日本の化学メーカーの発展に寄与してきた。第2次世界大戦を挟み、戦後はいち早く日本経済の復興に貢献。日本の高度経済成長と歩調を合わせるように事業や機能を拡大し、着実に成長していった。

  • 訓辞を述べる初代社長

    訓辞を述べる初代社長

■戦前のCBC化学品の限りない可能性に
夢ふくらませ海外に進出

CBCは1925年に中外貿易合名会社として発足した。国内と国外、つまり日本と世界を結ぶ貿易会社という意味が込められた社名だ。10年後の1935年に中外貿易株式会社(Chugai Boyeki Co.,Ltd.)となり、現在の社名も、この英語表記の頭文字に由来する。
CBCに限らず、化学品の取扱いを源流とする専門商社のほとんどは、1920年代に、染料の輸入販売で創業している。当時、日本で盛んだった繊維業への参入を図ったものだ。CBCも染料や顔料の輸入販売に始まり、各種化学品、天然樹脂、医薬品など、様々な分野へ取引品目を広げていった。一方で、化学品や医薬品、工業製品などの体系的な知識や技術の修得を怠らなかった。
こうした努力は、CBCに先を見通す力をもたらした。当時、化学品は輸入だけでは供給が不安定だった。そこで、CBCは国内で生産できるようにできないかとメーカーにもちかける。技術者らと協力しながら、これを実現し、多くの産業分野に貢献した。また、国産化に成功した製品が国際競争力を持ち始めると、東南アジアやインド、中国などへも輸出、全取扱高の3分の1を占めるほどまでに拡大する。戦前からすでに活発なグローバルビジネスを展開していたのだった。

  • 復興に向かって気勢を上げる一同

    復興に向かって気勢を上げる一同

■ 戦後の再スタート石油工業は高分子化時代へ
さらに事業拡大へとつなげる

終戦の翌年である1946年にCBCは再スタートを切った。その時、社内へ向けて発表された「新発足に関する綱領」には、企業の社会的な責任や世界の平和的な繁栄への貢献、コンプライアンスの徹底や米国の科学的経営や高能率の生産システムを積極的に取り入れる姿勢などが記されている。また、日本の政治経済の行方が混とんとしている中、すでに自由競争時代を予見し、CBCの進むべき道を洞察しており、今日のCBCの経営や人材育成方針の基本にもなっている。
困難な状況のなか、CBCは、理工科系学部、薬学部などを卒業した新人を多数採用。また定期的に大学の現役教授を招いて出張講義を開催し、若手社員に海外の合成樹脂、合成ゴム、合成繊維の市況、開発状況について先進的な技術と知見を吸収させ、積極的に人材育成を図った。そうして技術系出身の新卒社員に営業職を経験させ、技術系商社として地盤を固めていったのである。
戦後の混乱期を過ぎると、化学工業各社は工場を再開していく。CBCではこうした動きに機敏に対応していった。1950年には、戦中より途絶えていた海外からの技術や外貨の導入の道が再び開かれ、石油化学の先進技術が続々と取り入れられた結果、化学工業界は一気に高分子化学時代に突入する。石油を原料とした塩化ビニール、ポリエチレン、ポリスチレン、ベークライトなどの多様な合成樹脂が作られるようになったのだ。
有力合成樹脂メーカーはCBCのような化学品商社を介して、原料の輸入先である米国デュポン社をはじめとする先進的企業の資本や技術を取り入れ、国産化を次々に実現。CBCも単に高品位の合成樹脂原料の輸入を行うだけでなく、メーカーの技術導入を支援していった。

  • 復興に向かって気勢を上げる一同

    当時国産機最大といわれた機器を展示し、
    にぎわうCBCのブース

■ 商社としての躍進製品企画や量産化への貢献で
高度経済成長の一翼を担う

終戦から10年近くが経過すると日本は経済復興を終え、本格的な発展の時代を迎える。1954年からは、いよいよ高度経済成長時代に入り、1965年頃には日本の合成樹脂産業は世界レベルに達した。CBCが従来から取り扱っていた塩化ビニールに加え、早くから輸入と国内販路開拓に努めてきたポリエチレン樹脂や合成ゴムの需要も大きく伸びた。
合成樹脂は社会や生活を一変させた。従来の素材と比べると、軽い上に水や薬品にも強く、腐りにくく、色や形も自由にでき、一度型を作ればいくらでも大量生産ができる。そのため、あらゆる工業分野に使われ、広く国民の生活にも浸透していった。CBCも合成樹脂を原料とする製品の用途開発にも踏み込み、メーカーの技術者と連携して、社会で求められていた様々な素材や最終製品を企画し、市場に供給していった。
また、こうした素材や製品の供給量を安定させるために、加工する製造機械・装置の国産化にも尽力し、技術的な課題もメーカーと協力して解決した。高度経済成長を牽引した石油化学産業。その発展にCBCが果たした役割は、決して小さくない。